絶望感を感じたことのある人もまた立派です。
それがあったから今のあなたがあり、これからの未来も一つ一つ希望を見つけられます。
うまくいかないことは日常に山ほどありますが、
絶望するほどの時というのは、うまくいかない事が長く続いていた時などではないでしょうか。
私にも経験がありますが、それは心が折れる事で道を外さずに済んだに違いありません。
これは無理にポジティブに捉えようとしているのでも何でもなく、そうなったのならただの事実です。
どんな人間も成功ばかりが続けば、慢心します。
すでに慢心が過ぎてどうにもならない人も目につきませんか。
何もかもがうまくいきながら自分を顧みれる人はなかなかいないものです。
うまくいっている人を羨ましがるなら、未来の自分を羨ましがっているということ。
みなそれぞれのペースで経験をしているだけで、調子の良い時も良くない時もやってきます。
そしてこの「良い時と良くない時」とは、何に対して言っているのか、それさえ人によって様々です。
ある人は自分の心が前向きか後ろ向きかについて言っているのだろうし、
ある人は結果が出ている時、出ていない時を言っているのだろうし、
ある人は評価される時、されない時を言っているのかもしれません。
成功とは結果を得るだけではありません。
心の成長となるのが成功であり、それに繋がる数々の失敗の経験だって成功です。
世の中には得る事がとても上手で、沢山の人、物、お金にまみれながら人間的に未熟な人もいます。
たとえ今あなたが何も得れていない、何も成し得ていないと思っていたとしてしても、それならそれで、これまで沢山の絶望を味わってきた人間力があるということです。
誰かと比較して自分にはないものばかりだと思わず、今ある自分の魅力に目を向けられるあなたでありますように。
結果を得ることに夢中にならなければ、失敗を恐れたり恥じたりする事なく、進むべき道に真っ直ぐ進んで、気付けば得るべき事を得ていきます。
過程に目を向ければ、「今日はこれができた」「問題の解決には程遠いかもしれないけれど、ここの対処はできた」という自分に対する正当な自己評価が溢れてきます。
いつしか絶望していたときの自分が求めていたのは、その真っ当な自己愛の他ならないと思いませんか。
結果が出ない、結果に繋がらない、結果が怖くて身動きがとれないなど、「結果」なんかでパワーダウンしていてはもったいないのです。
それ以上に意味と力のある過程を大事に歩んでいけたら、それが人生というものではないでしょうか。
色々な葛藤は出てきても、全てはそのときありのままの自分を受け入れていくなら道は逸れようがありません。
ツイていないと思うなら、ツイていない自分をそのまま受け入れましょう。
運が巡ってくるのを待ったり願うより、「運のない今もいいじゃない」と思える自分の余裕あるスペースを見つめましょう。
まともな人の人生こそ、まともには流れていきません。
あなただから乗り越えられる日々が巡ってきているのですから、堂々と受け入れ、一日一日向き合っていけば自分自身が安定します。
何よりもまず、その土台が欠かせないのです。