愛が溢れる循環とは
緩和中の猫が、今はステロイドを飲んでいるので、食欲がすごい時があります。
それは一定ではなくて体調や日によってまちまちなんですが、昨晩は一時間起きに起こされる感じでした。
今週は旦那さんが出張でワンオペだったので、すでに寝不足が積み重なっていたのと、私は眠かったとしても寝つくのが下手です。
やっと寝落ちしそうって時が一時間後くらいだったりして、でもそうすると猫がむくっと起き上がってドアをドンドン叩いたり、私の上をジャンプしたり、私が反応するまで永遠にやり続けるので起きざるを得ません。(というかご飯をあげないと)
昨日は限界を感じちゃって、なんか発狂しそうで。
若い猫がやってるならね、ちょっとおかしくないですか?って私は普通に話し合いすると思うし、夜中にあげることもないんですけど、
当然この猫は薬の作用ですから寄り添いたいのにと泣きそうになり、出張で疲れてガーガーいびきかいてる旦那さんを起こして「ごめん、辛い」と言いました。
すると「おっけー!」って感じで猫においでおいでしながらキッチンに向かってくれました。
猫達は食べ終わったらすぐ私のところに来るので、もう終わってるのに、キッチンではガサゴソ聞こえるんですよね。
戻ってきた旦那さんが部屋に顔を出してくれたので、何か食べたの?と聞くと、「腹減ったからプロテインと桜まんじゅううまかった!」と。(え?私の桜まんじゅう?って思ったけど、まぁ何個かあったもんね)
そこで、あぁさすがだなと思いました。
私なら歯を磨くのが面倒とか思ってスルーしがちなんですけど、旦那さんは大体思った通りの行動ができるので、自分を満たすのが上手です。
それに伴う歯磨きとかを面倒と思いもしない。そういう余計な思考が出にくい才能があります。
そして私は私でまだ一睡もできてないのに「あとは任せて、いくらでも起こしてくれていいよ!」という気分に戻っていました。
おぉ…愛が自分の中から溢れてくるわ〜って感じながら眠りにつき、なんですが、その後は一度も起こされず朝まで眠れた…というお話です(笑)。
よく言う「愛は与えれば与えるほど溢れてきて、尽きることはない」っていうのは、自分を犠牲にして与えることではない、というのは大体知ってると思いますが、
確かに自分が自分を満たせる行動が取れないと循環できないということになります。
私は、辛いと言えたことが自分を満たしましたし、旦那さんは、じゃあ食べちゃおって食べたことが自分を満たしていたと思います。
だけどそれは、動いてくれた旦那さんに満たされたとも言えるし、相手は感謝されて満たされている部分もあると言えます。
なので欠いてはいけないのが、ただ自分を満たすだけでも循環してくれないということです。むしろそれだと犠牲にするのと一緒で回らなくなっていきますよね。
相手を思ってこそ、相手を思いやるベースの上で自分で自分を満たせるかどうか、なんですね。




