唯一無二とは

唯一無二の感覚は猫達が教えてくれました。
十年以上前、初めて夫婦で一匹目の猫を飼い始めました。私は実家で飼っていましたが自分の責任で飼うのは初めて、旦那さんはペットを飼ったこともありませんでした。
余談ですが一匹目の猫はとにかくやんちゃでした。
私飼い主ノイローゼになるんじゃないかと思うくらい(笑)家中走り回るだけなら想定内ですが、冷蔵庫を開ければ突っ込み、レンジを開ければ突っ込み、水を出せばシンクにズボーンみたいな元気さです。
火にかけてるフライパンに突っ込んでくるんじゃないかとか、調理中は包丁も置いているからキッチンは怖くて、囲うようにラティスを設置しましたが、今度はそれをよじ登ってダイブ。
(ちなみにこの件は怒ると逆効果、やめた瞬間に褒めるようにしたら落ち着いていきました。)
そんな感じで猫一匹では暇を持て余してるような、遊び足りなそうな気配を感じていたので、二匹目を検討したんです。
先住猫が来て、その半年後に二匹目の猫が我が家にやって来ましたが、その猫はペットショップで売れ残っていました。
一匹目を探してる時からあちこちの店舗で見た事のある猫で、半年経ってもまだいた事に驚き、購入。
店員さんも値下げる値下げる。いたたまれない思いと可愛い嬉しさとで連れて帰ってきたのを覚えています。
八ヶ月以上、小さいペットショップで犬と同室。体はガリガリで、大きく見えないようにしていたのだと思います。鳴き方は犬に近く、うちに来た時にはジャンプもできませんでした。
ですが一匹目と楽しそうに鍛え上げられていきます。二匹目も諦めないで追いかけたりよじ登ったり部屋が道場のようで。そのうちとても逞しくなったのですが、どっちかの名前を呼べばそうじゃない方が走ってきて、お互いがやきもちし合ってるような感じに。
そうこうしてる中、二匹目が「自分は二番目」と思っていてそのことが私が思っているよりも深く満たされない感じになってしまっているかもと気付いたのです。
やきもちし合ってる中でも明らかに、一匹目と二匹目では心の余裕に違いがあるように思えました。
それに気付いた時は心がえぐられるように辛く、本当に申し訳なく思ったことは忘れられません。
そりゃあそうですよね。先住猫は半年間飼い主を独り占めできていましたが、思えば二匹目だけを可愛がった事はありません。
何回もペットショップの店舗を行き来しており、甘え上手の裏には人間不信なのも隠れていて、その心の傷にようやく気付き、その時になって初めて深く思いやる事ができたんじゃないかと思います。
それからです。「唯一無二だよ」とか「オンリーワンなんだよ」とかそういう言葉をよくかけるようになり、「猫だからじゃないよ、人間もだよ」とか「みんな一番、みんな大好き」とか言ったりして、素直に表現してきました。
何となく心で繋がれたような信頼関係のあるような感じになり、場の空気も整っていったように感じました。
ちゃんと実感が得られたのは三匹目が来た時。一匹目も二匹目もお姉さん的な余裕があり、これはちゃんと伝わってるぞと思えました。
もちろん猫と人間は違うけれど、猫達のまっすぐな反応から学べることは多いと感じています。
唯一無二というのは、他に代わりがない、比べる意味すらないということ。
自分の“そのもの”の価値を受け入れてさえいれば、どんな境遇に合っても心に消えきらない光が灯っているかのようです。
また、“そのもの”と“そのもの”の組み合わせでできる縁もまた唯一無二ですよね。
そんな奇跡を享受している自覚があると特別さも求めません。もちろん特別であってもいいけど、普通であってもいい。ただ在るという価値を感覚で感じられるかどうか。
人は自分や他人をそのように受け入れられるか、大人になった自分には自分次第になります。
あなたも間違いなく唯一無二です。
その生に代わりはいないからこそ、自分に厳しくも優しくもなることができて、真に大切にすることができますね。
この尊さは、すべての存在が持っているのだと思います。