落ち込んでるくらいが丁度いいときもある
丁度いいバランスって本当に人によりますし、同じ人でもその時々によると思います。
状況によっては元気にならないほうがいいときもあるような気がしていて、それは自我が何でもできちゃうからですね。
良くないことも。
私はよくそれを精神的な面で感じてきましたが、自分のテンションをあげちゃうと余計なことできちゃったりします。
その余計なことをするから余計なことだったと知れるので結果的に余計なことではありませんが、そういうこともある。
一見して元気な時、ポジティブな時がベストというわけでもないので、それに惑わされない視点も大切だと思っています。
もちろん、では落ち込んでいてもいいんだといつまでもそこにあえて浸ってるなら、それはそれで良くありません。
私はこうだからと決めつけるなら逃げや甘えかもしれないからです。
自然の状態やなりゆきを抵抗せずにそのままに受け入れてみる。
気づいたら落ち込んでいなくて無理してるわけでもなくて通常に戻っていることもありますよね。
いつも明るい人でも何か背負っているかもしれないし、大体根暗でも心は健康かもしれません。
人を励ますというのも、していい時と安易にしないほうがいい時とあると思います。
思い込まずに周囲の人を眺めてみたらそういう勘も冴えますし、自分のこともそんな風に扱えるようになって、いわゆるそれは受容の状態になりますが、いらぬもがきやコントロールをしなくなってくると思います。
冷静でいる…でもいいんですが、私にとっては冷静さと静かでいることはちょっと違っていて、落ち気味の時は冷静になろうというより、静かにしていようの方がしっくりきます。
冷静だとその場に判断を下す感じがするからかもしれませんね。対処が必要な時は冷静さは大事ですけど。
でも静かにしてるってのは状態のイメージであって、まだ判断しない、見えてくるまで何も反応しません。
自我って静かに黙ってるの苦手そうと感じるのは私だけでしょうか。だからあえてそうしてみる。それがとても地味というかつまらないと感じるのであれば、やっぱりそれはエゴになっていく手前でもあります。
つまらないと受け入れてるならいいけど、そこから脱しようと行動していくと逸れていってしまう可能性があります。
そういう点では、焦らないことが最短と言うとちょっと軽々しいですが、焦っちゃうような時や、クッと早る力み…まだ飛べそうにないのに飛ぼうとしてる時なんかは、静かに過ごしてみたらいいかもしれません。




